>  屋外日本雑誌  >  Issue 20 : 1月/2月 2008  > コラム  >  Nature Trails  >  For the Love of the Climb

コラム

Nature Trails

By Mitsuko Totani

For the Love of the Climb

2008
Issue 20

スポーツ大国スロベニアで生まれ。クロスカントリーや登山で活躍。現在は日本で「ツベート・アルパインスクール」を主宰し、日本とスロベニアの山のガイディングに情熱を注ぐツベート・中嶋・ポドロガル。山に対する、彼の情熱と夢を語ってもらった。

「いつごろから山に登り始めたかって? 両親が営林署で働いていたから、生まれたときから山の中だよ。3歳からアルペンスキーやバックカントリースキーをしていたね」

隣の家とは12kmも離れていたが、両親や兄とともにスキーや釣り、ハイキングなどをして過ごす少年時代を送った。11歳でスロベニアの最高峰トリグラフ 山(2864m)に友人たちと登り、山の魅力にはまったツベート。彼は、16歳で再び3日間の登山を試みたが、自己流で登った岩壁で動けなくなり、レス キューに救い出されるはめに。その時、父は一言も叱らずにこう言った。

 「そんなに山が好きなら山岳会に入りなさい」。

その時、ツベートの人生の方向が決まったのかもしれない。

ナショナルチームで活躍。
そして、日本へ!


17歳から10年間、クロスカントリーのナショナルチーム・メンバーとして活躍。国内大会で7回優勝したほか、ワールドカップや世界選手権の場でも数々の成績を残した。

「そのころはとてもストイックな生活をしていたね。朝5時に起きて、10キロ走って。しかも、ダイエットのため朝食はパン1枚だけ。一方、スキーの夏合宿をさぼってヒマラヤ遠征にでかけたり……。自分が本当は何をやりたいか決めかねていた時期だった」

 その後、選手生活に終止符を打ち、ロシアやイランで電気技師として働きながら、旅の資金を貯めた。そして、南米・北米を旅した後、シベリア鉄道でアジアへ。チベットや香港を経て、19●年日本に渡った。

アルパインスクール
ツベートを開校


現在、ツベートは妻の千春さんとともに、「C&C.JAPAN」という山岳ガイドサービスとスロヴェニア旅行の手配をする会社を経営している。日本山岳協会の上級登攀ガイド試験に外国人として初めて合格し、検定委員も務めている。

2001年には、「ツベート・アルパインスクール」を開校。1年のうち250日を日本の山中で暮らしている。なぜ日本でスクールを? と訪ねると、こう答えてくれた。

「日 本人の山登りは、天気がよければ行く、悪ければ行かない。でも、自然は様々で、登山道は雨が降れば沢のような状態になるし、縦走路には岩場もある。道に迷 えばビバークの必要も出てくる。だから、安全な登山をするための、幅広い様々な知識や技術が絶対に必要だと考えてスクールを開設したんだ」。

彼らの講習は、プロのアルピニストを育てるのが目的ではない。臨機応変、安全な登山ができるハイカーを育てることを目指している。たとえ ば、彼に会ったのは週末の台風明けの月曜日。日本のツアーなら台風ときけば、中止と決まっている。だが、彼は草津での講習を予定通りに行った。
 「テントの代わりにバンガローに泊り、焚き火でご飯を炊いた。次の日は予定通り温泉探しを楽しんだよ」
どんな状況の山でも、安全に楽しく乗り切るのがツベート流。講習で行く山は必ず下見をするし、開校から今日まで、ツアーを中止にしたことは一度もない。

海外に紹介したい
日本の美しい山


ヨーロッパ・アルプスやヒマラヤ、北米、南米の山々を登ってきたツベートは、「日本の山は美しい!」と絶賛する。
 「特に独立峰の形がいいね。鳥取の大山や北海道の利尻など、頂上から海に向かってスキーで滑るのは最高の気分!」
そして、残雪期におすすめなのが、立山から上高地を結ぶ「日本オートルート」と呼ばれるコースだ。ヨーロッパのオートルート同様、体力も日数も必要だが、本場に勝るとも劣らない素晴らしいコースだと熱心に語る。

「今は、お客さんの99%が日本人だけど、これからは日本の山やスキーの素晴らしさを日本に来る外国人にもどんどん紹介していきたい。これが僕と千春の夢です」とツベート。
 「彼は、いつも山のことで頭がいっぱい。だから時々、映画や音楽で誘って、右脳と左脳のバランスをとってあげるの」
千春さんが傍らでそう言って、微笑んだ。(とたにみつこ)

WEB CONNECTION
C&C.JAPAN: www.candcjp.com