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コラム

By Mitsuharu Kume

Returning Home With My Senorita

2008
Issue 20

「近くにいるのに、気付かない」
そんな恋愛物語がよくある。

ある時、ある何かがきっかけで、「こんなに近くにいたなんて……」となるストーリーである。

 そんな物語に陥ってしまった。といっても、相手はアカウミガメさん。僕との関係は、サーフィンをしていて波を待っているとき、ぽこっと水面から出てきて顔を合わせたり、仕事で冬のあいだ定置網漁をしていると、多いときで一日に5匹網に入っていたり、と身近なところにいた。網に入ったカメには、識別番号のタグをつけて海に返すのだけれど、それがどこで見つかったという知らせはなく、漁の目的は魚なので、十何種類もの魚(時にはマンタやマンボウ、イルカやクジラにサメだって入る)と一緒に、毎朝揚がるなかの作業のひとつでしかなかった。

そこへ、ある日、貫禄ある漁の親方から電話があった。
「おう、メキシコ行くか?」
理由は聞かなかったけれど即答した。

「ハイ!」
何かが、この時始まったのであった……。
話はこうである。日本で生まれたアカウミガメは太平洋の向こう側、メキシコまで長い長い旅をして、そこで20〜30年程生活をして、再び太平洋を渡り日本へ帰ってきて、産卵するという。けれども、そのアカウミガメは絶滅しそうなほど数が減っている。その原因のひとつに、メキシコの漁師が行う刺し網漁にかかって死んでしまっていることが考えられるのだそうだ。そのため、僕らのやっている定置網漁への変換を模索していると、アメリカのの「プロペニンスラ」という団体の活動として招かれたのだ。

メキシコの漁師宅にホームステイして、一緒に漁に行き、ウミガメについて会議を開き、楽しいウミガメ祭りをした。丸一日をかけて、年に数百匹も死んだカメが打ち上げられているという通称「カメのお墓」を見学に行ったりもした。

僕の知っているカメが、太平洋を往復し、スペイン語を話すセニョリータだったなんて! 知れば知るほど、どんどん好きになっていったのだ。日本でも、産卵する砂浜の減少により産卵数が減っている。日本ウミガメ協議会の人は、「まずは、保護なんて後の話でいいのです。カメのことを好きになって、カメのことをまず知ってください」と、呼びかけている(カメの知識は、www.umigame.orgに詳しい)。

「上げ潮じゃ、上げ潮じゃ」
物事がいい方向に向かう、という意味を持った古い言葉。僕自身、カメのことが好きになり、楽しくて、なんだか人生「上げ潮」な気がします。久米満晴