>  屋外日本雑誌  >  Issue 20 : 1月/2月 2008  > コラム  >  White Darkness

コラム

By Troll

White Darkness

2008
Issue 20

「なんだ、こりゃ!?」
 雪原を歩いていると、いつのまにか自分の顔に雪壁が張りついている。ここは雪原だ、壁なんかないはずだった。だとしたら……。

ウチと聴者の仲間3人は、長野県栂池高原スキー場のリフト終点からテレマークスキーを履いて“ハクノリ”こと白馬乗鞍岳に向かっていた。中間地点の天狗原 までは、まだ視界があり、お弁当を食べていたのだが、だんだんガスって見えなくなってきた。ハクノリはあきらめ、そのまま降りることにした。

 ところが滑り始めたら何も見えなくなって、気が付いたときには雪原で倒れ込んでいた。起き上がるにも、どちらが空だか、地面だかわからない。まさに、ホワ イトアウトな状態だったのだ。ウチは「音」がない分、いつも「視覚」からの情報が頼りだ。でも、見えるはずの雪の色も、霧の色も、カタチも、境界もない。 すべてが“ただの白”でしかなかった。

自分という存在以外の情報がなくなったとき、状況判断の材料が消滅し、当てにするものが 何もない。突然、無重力の宇宙へ放り出されたようで、生きている感覚さえ失った。まるで自分の体が溶けて消えてしまったようになってしまい、思わず自分の 手を探してしまったほどなのだ。このまま抜け出せなくなったら、と思うと恐怖が込み上げてくる。ろう者にとって、ホワイトアウトとは、“白い闇”の中にい るようなものだった。それほど、視覚から得る情報は大切で、それによって自分の位置を無意識に確認していたのだ。ウチにとってそれが、生きる感覚だと痛感 した。

 
倒れこんだ雪原で、頬が雪に触れたとき感じた“ヒンヤリして冷たい”感覚に安堵感を覚えた。当たり前のことなのに白い闇の中では、新鮮だった。五感のひとつを取り戻したのだ。

 
そして、聴者の仲間が来るまで“待つ”ことを直感的に選択し、その間に風が出てきたのがわかった。風の温度もまた、鮮烈に感じたのだった。もし晴れた青空 の下だったら、そんな雪の冷たさ、風の温度を感じなかったかもしれない。以来、肌で感じる楽しみも増え、自然がさらに五感を研ぎ澄ましてくれる気がするの だった。