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コラム

Travelers Tune

By Troll

Pedals to Petals

2008
Issue 21

チャリ旅での情報源は、昭文社の「ツーリングマップル」という地図ガイド。温泉やキャンプ場の特長、道路の情報が載っていて重宝する。地図を頼りに、見知らぬ場所へ行くのは楽しいものだ。

  相棒のミホと鹿児島から熊本に向かうページを開くと“つなぎ温泉・不知火海を望む展望露天風呂”という文に目がとまった。その頃、道行くたびに花咲く桜を 見かけるようになっていた。九州に上陸した頃は、まだツボミで風に吹かれても動かないほどだった。ゆらめく花びらの動きは、冬眠からさめた“春”の到来を 感じさせてくれる存在だった。

「つなぎ温泉で九州の海を眺め、そして風呂上がりの花見だ!」と、ペダルを漕ぐ足に力が入る。

 ところが温泉に着いてみると電気もついてなく、休館であったんだ。地図を頼りにすると、時にはこんな事もある。宿泊はあきらめようとしたところ清掃のおば さんを発見。思わず、引き止めた。汗まみれのうちらをふびんに思ったのか「シャワーだけなら入れるよ」と、空っぽの湯船で汗を洗い流させてくれた。そして 近くの土産店裏に桜を発見した。

芝生もあり、お花見には最適だ。店の人の好意で、桜の前にテントを張る。お花見といえば、酒だ。もう日が 沈もうとしていたが、坂道の向こうまでチャリを飛ばし、探した。そこでビールをしこたま買い込むと、酒屋のおばさんは酒屋の名前が入ったタオルをくれた。 ビールを求めて、わざわざ買いにきたのがバレたみたいで恥ずかしかったが、タオルはありがたかった。

帰る頃には日も暮れていて、桜の木の下に戻ると、驚いたことにライトアップが始まっていた。近くには優美なアーチ形の古びた石橋と河川敷の石畳があって、 そこにもオレンジのライトが照らされていた。なんだか明治時代の文学者が、ハカマ姿で橋の上を歩く姿が思い浮かび、まるで切り取ったセピア色の写真のよ う。幻想的な風景であった。

うちらだけの貸切花見は、休館日で人がいないから。温泉は入れなかったけど、色々な人が親切にしてくれた日で もあった。ほろ酔い気分でテントに入ったうちらは、テントの天井に張りついた花びらのシルエットを眺めながら「昔の人も同じ桜を見ていたんだな」と大きな 桜に包まれて夢の世界に沈んでいくのだった。