コラム

High Tide

By Mitsuharu Kume

Empty Nets

2008
Issue 21

「ほら、もっとロープ伸ばせっ」

 「こっちの網を手繰れっ」

濃紺の星空が白みはじめ、やがて雲を桃色に染める。そんな日の出のショーが繰り広げられるなか、頭の上を怒声が飛び交う。

2隻の船で、8人で役割分担し、海中に仕掛けてある学校の体育館ほどの網を順々に引き上げ、そして魚を隅に寄せ、網ですくって船に揚げる。そんな大漁を夢見て網を手繰るのが、10年間続けている僕の冬の仕事「定置網漁」だ。

人間が食べるための魚を、人間が獲る。それは、生きている魚の首を折り、血液を出し、内臓を取るといった残酷だけれど、人間が生きるために魚から生命をもらっている現場。これは単純で、とても動物的な暮らしだと思う。海の上で汗をかきながら、毎日朝日を浴びるそんな漁生活は、とても充実している。

その定置網漁で、今シーズン魚が全然獲れない。こんなシーズンは始めてである。今年は特に水温が冷たくなる時期に冷たくならなかったり、冬らしくない時化が続いて網が破けたりして、漁獲が減っているのだ。魚だけではなく、漁のおこぼれをもらいにくるカモメの数も、極端に少なくなっている。漁場は海の自然を感じる最前線。なにか自然がおかしいのだ。

「これからは自分で食料を作れなければ、生きていけない時代が来る」

半農半漁の先輩は、ずっと前からそう言っていた。今シーズンの不漁だけでなく、小麦やトウモロコシの高騰を見れば、そんな時代に入ってきているとも思える。これではクジラやマグロが絶滅危惧種だと言っているけれど、きっと人間も絶滅危惧種になるに違いない。

いやいや、そんなに悲観したところで何も始まらない。「上げ潮じゃ、上げ潮じゃ」といい方向に考えなければ。

そこで、自然を感じることが大事と思い、漁場の近くの岩場を歩いてみることにした。でもそこは、道とは呼べない崖と海の狭間。温暖化の水位上昇からか、急激に崖崩れが進んでいる危険地帯なのだ。

それでも決めた以上、歩き始める。落ちてから間もない石は、安定が悪くなかなか前に進めない。山を見上げれば、大声を上げただけで崩れてきそうな岩がゴロゴロしていて、死がかなり近い世界。無我夢中で進む一時間半の道のり。何があったわけでもないのだけれど、自然の大きさと、自分の小ささを感じ、なんだか気分が高揚して「上げ潮」になっていた。そして、以来魚が少しずつ獲れるようになっている。やっぱり自然は、懐が大きい。(久米満晴)